昭和・平成・令和を生きて思う。時代とともに変わった「当たり前」

昭和・平成・令和の変化

私たち就職氷河期世代は、昭和に生まれ、平成で働き始め、令和を迎えた——そんな「三つの時代」をまたいで生きてきた世代です。

振り返ってみると、時代の変化とともに「当たり前」は大きく変わりました。
今日は、そんな「昭和・平成・令和の違い」を、ひとりの生活者として感じたままに書いてみたいと思います。

昭和——人とのつながりが「空気のように」あった時代

昭和の終わり頃、まだ電話は家の固定電話。待ち合わせは「○○駅の改札前に○時!」が常識。

連絡が取れないのも当たり前で、相手を信じてただ待つ——そんな「人の間合い」がありました。

近所づきあいも濃く、夕飯のおかずを分け合ったり、夏休みには子どもが近所中を走り回っていたり。
不便だけれど、どこかあたたかい時代でした。

平成——便利さと競争が同時に進んだ時代

バブル崩壊から始まり、パソコンと携帯電話が普及し、社会はどんどんスピードアップ。

「成果主義」や「効率化」という言葉が流行し、同時に「人間らしさ」が少しずつ薄れていったように感じます。

とはいえ、平成は「変化を受け入れる力」を私たちが身につけた時代でもありました。
仕事も人間関係も、「どう生き抜くか」を考えるようになったのもこの頃です。

令和——情報の時代とどう向き合うか

令和に入り、スマホとSNSが完全に生活の中心に。
AI が話し、リモートワークが広まり、仕事の形も人の価値観も大きく変わりました。

便利な一方で、「つながり疲れ」「情報過多」も増えています。
だからこそ、今は自分にとって心地よい距離感を見つける時代なのかもしれません。

私自身も、昭和的な「人情」と、令和的な「自由さ」をどう共存させるかを日々考えています。

終わりに—変わらないものを大切に

三つの時代を生きて感じるのは、「便利さは変わっても、人の本質は変わらない」ということ。

誰かと笑い合いたい気持ち、誰かの役に立ちたい思い。
それは昭和でも令和でも同じです。

変化の激しい時代だからこそ、昔ながらの「ありがとう」と「おかげさま」の気持ちを、これからも大切にしていきたいですね。